お散歩

天気がよかった。ウラジーミルから頻発するバスに乗り込んで1時間程度だったろうか。スーズダリに着いたのはまだ昼前だった。今回唯一電車の止まらない街。古き良き雰囲気を残した田舎街だった。バスターミナルから歩いて15分程の街の中心トルゴヴァヤ広場。そのすぐ脇のホテルにチェックインし、ひと休みする間もなくおもてに飛び出す。とりあえず、目抜き通りであるレーニン通りを北上。すこし脇道にそれれば、小さな教会や修道院があった。ヒツジが草を食んでいた。ヤギもいた。空は何処までも青かった。こんな街をお散歩気分で歩き回るのが好きだった。


[ヒツジ]

街の北端スパソ・エフフィミエフ修道院に到着。北端と言っても広場から2,3kmってところか。扉を開いて中へ入るとお兄ちゃんとお姉ちゃんとおばちゃんが談笑していた。俺の顔を見るとお兄ちゃんが言った。

「close」

中から観光客が出て来ている。怪訝な顔をする俺に、お兄ちゃんは笑顔で言った。

「close」

彼にとって精いっぱいの英語だった。わけのわからないロシア語でまくしたてるようなことはなかった。ただ、笑顔でこう繰り返した。しかたなく表に出ると扉のガラスに張り紙がしてあった。もちろん俺には何が書いてあるのか分からなかったが、後から来た観光客がその張り紙を見てぶつぶつ言いながら引き返して行く。俺はモヤモヤしながらも、どうやら本当にcloseらしいということは分かった。そんな俺の姿をガラスの向こう側でお兄ちゃんが笑って見ていた。お姉ちゃんも笑っていた。おばちゃんも笑っていた。


[城壁の西側から]

そこから城壁を西側に回り込むとカーメンカ川があり、周辺が一望できた。川の辺りではおじいちゃんが一人釣りをしていた。川の向こう側にポクロフスキー修道院が見える。橋を渡ると、一段と雰囲気がのんびりとしてくる。1時間程川向こうでうろうろしたあと戻ってみたが、まだ張り紙はしたままだった。仕方なくレーニン通りをぶらぶらと南下。学校が終わって家路を急ぐ小学生が手を振ってくれる。広場を通り越して屋外の木造建築博物館をのんびりと見学し、クレムリンへ戻ったころには空に雲が少しづつ増えて来ていた。


[クレムリン]

聖堂を見た後、博物館となっている府主教宮殿へ。が、ここでまた追い返される。中を覗き込むと何やら宴の準備が進められている。照明器具やらカメラやらを運び込む男達。映画かなんかの撮影?広場へ戻る道には古めかしい馬車が並び、中世の衣装を着た数十人の男女がうろうろとしていて、カメラや照明器具のセッティングが慌ただしく行われていた。どうやら街のそこかしこで撮影が行われているらしい。

「あっ、そういうことか」

しばらくそんな光景を眺めていて気付いてしまった。で、てくてくとレーニン通りを再び北上。件の修道院前に到着すると、中から帰宅するらしいおばちゃんが丁度出てきた。俺の顔を覚えていたのかおばちゃんは満面の笑みを浮かべて、「どうぞお入りなさい」という仕草をする。やっぱりそうだった。昼頃はこの城壁の中で撮影が行われていて一時的にcloseにしていたのだ。モヤモヤの晴れた俺は、おばちゃんと堅い握手。おばちゃんはケタケタと笑いながら、チケット購入に付き添ってくれた。支払いをするとどうにもおつりが多い。「あれっ」と思っていると、おばちゃんは「いいから、いいから」という感じで俺の肩をポンポンとたたいた。


[スパソ・エフフィミエフ修道院]

閉館まで修道院の中をうろうろして出てきた俺は、再び西側に回り込んで辺りを一望。城壁は赤く染まりはじめていた。夕暮れのレーニン通りをぶらぶらと南下。こんな街を散歩気分で歩き回るのが好きだった...。

0 件のコメント: