Karachi:Pakistan

28/Jul/1999(Wed) - 30/Jul/1999(Fri)


[街中のロータリー交差点]

これもVisa待ちの副産物と言えよう。
India Visa発行からすぐにDelhi行きのチケットを手配。最も安いのよりUS$35高いがPIAで行くのが一番早くIndia入りできることを知りそれをとった。ところが、そいつはここKarachiでトランジット、2泊分のベッドと食事が付いて来たのだ。Pakistanは通常トランジットでもVisaが必要なので、ホテルに缶詰めかと思っていた。一応ホテルで出かけてもいいか聞いてみると「問題ない」。パスポートを空港に預けているので問題ないと言うのだ。これ幸いと出かけた。
この街はPakistanでは大都会だが、あまり観光客はこない。皆トランジットする客が1日2日いるだけだ。街にはサイケデリックなミニバスがところせましと走り回り、牛とかも歩いている。Bazarは庶民の日常的なもので活気があって面白く、ついついうろうろ。日が暮れて屋台に明かりがともる頃まで歩いていた。
Asiaに来たんだということを実感できた街だった。India行きの予行演習としては大変よかった。

Asia (Part1)

Istanbul:Turkey

19/Jul/1999(Mon) - 28/Jul/1999(Wed)


[これも副産物、無料ベリーダンスショー]

IndiaのVisa取得ですっかり長居してしまった。5日もあれば取れると思っていたのが、到着してすぐに申請にいくと7~10日かかると言われ、多少いらついていた。
しかし、ことが思い通りにいかない時には思わぬ副産物があるものだ。7/24にサッカーの試合があることを知り、見ることができた。Fenerbahce vs GalatasarayというTurkeyでは最高とも言える好ゲームだ。何やらカップ戦の決勝とかで、ホーム&アウェイの2試合目。つまり優勝がかかった試合だ。
よく分からずにチケットを買うと思いっきりサポーター席。警備の警官が信じられない程いた。開始前には早速手錠をかけられて連れて行かれるサポーターが...。日本ともEnglandとも違う異様な雰囲気の中試合は始まった。Galatasarayには御存知Hajiがいて、試合開始早々フリーキックを決めたけど、やっぱり往年のきれは無かったかな。途中で交代させられてた。
試合は荒れに荒れて、ペットボトルが雨のように降る中見ていた。1-1で引き分けだが、Galatasarayの優勝だったようだ。

Asia (Part1)

Safranbolu:Turkey

18/Jul/1999(Sun)


[丘の上の公園から]

"I don't like TURKEY"
別にTurkeyが嫌いという話ではない。
ここSafranboluの旧市街は山間にある小さな村で、古きよきTurkeyの町並みが残っていることで有名。丘の上の公園からの眺めは最高だった。夕暮れ時に山間のむらにCamiiからAzarnがひびきわたる。
そんなところで一人浸っていたかというとそうでもない。やっぱりTurkey人はほっといてくれないのだ。ファンタを勧めてくれる女の子がいたり、1グループ去ればまた1グループが寄って来る。
最後に話した高校生二人組は英語の学校に通っているだけあって俺よりも英語が堪能。この二人とは結構話せた。何故なら他の人たちは英語が全然しゃべれないから会話が続かなかったのだ。この街のこと、Turkeyのこと、イスラムのこと、日本のこと...。その会話の中で、俺が「Turkey」というと彼等はそれを嫌がった。「Turkey」は「Chicken」みたいで嫌だと言うのだ。「Turkye」と発音してほしいとか。
すっかり暗くなるまで話したので一緒に新市街まで歩いて帰った。お別れの時、彼等はDundolmaと言うお餅のように伸びるTurkeyのアイスクリームを俺におごってくれた。公園での会話で俺がまだ食べていないと言ったのを覚えていてくれたのだ。

Asia (Part1)

Ankara:Turkey

16/Jul/1999(Fri) - 18/Jul/1999(Sun)


[一番左でそっぽ向いてるのがチャイ屋の小憎]

久しぶりに都会に来たと言った感じだ。
旧市街にあるAnkara城を見に行った。ここは他と違って、都会という雰囲気はまるでなく、庶民が生活している。
Ankara城は丘の上にあって、展望台がある。そこからAnkaraの街を見ていると、チャイ屋の小憎が寄って来て「チャイ飲まね~か?」と言う。「いらね~」とか言うとそいつは鼻くそをほじくって俺の膝になすりつけた。このガキ!!!
しばらくすると公園で遊んでいた女の子二人が興味津々に寄って来た。一人は英語が結構話せる。なんだかんだ話しているうちに公園で遊んでいた子供がどんどん集まってくる。写真を撮ってあげると言うと、あたふたと全員整列。撮り終わると、送ってくれと住所を書いてくれた。しかし到底解読できるような綺麗な文字ではないので、送ってあげられそうもない。残念だ。
ちなみにその写真の中にはチャイ屋の小憎もちゃっかり入っている。

Asia (Part1)

Cappadocia:Turkey

13/Jul/1999(Tue) - 16/Jul/1999(Fri)


[Ahmet(左)とKursat(右)]

"TESEKUR EDERIM" (THANK YOU)
Cappadociaとは大奇岩地帯のことであり、その中にはいくつかの町や村がある。俺はGoremeという村で岩窟をそのまま部屋にした見晴しのいい宿を2,000,000TL(600円)でとった。客は俺ともう一人だけ。
今Turkeyの子供は夏休み。宿のオーナーの息子と、その友達が働いていた。彼等の名前はAhmetとKursatと言う。彼等は二人とも15歳だ。夜俺は宿のテラスでぽつぽつと明かりがともる村の夜景を見ていた。オーナーがどこかへ出かけて行くと、突然Kursatが俺にタバコをくれる。すかさず英語を少しだけしゃべれるAhmetが「おやじには内緒だぞ」と言って来た。なんともかわいいものだ。その後はいろいろしゃべったり、Turkey語を教えてもらったり、Turkeyの楽器Sazの弾き方を教えてもらったりした。彼等はチャイ(お茶)やひまわりの種を持って来てくれる。
すっかり仲良くなって、俺が宿に戻ると部屋に遊びに来てタバコを吸わせてくれと言う。そしてタバコを吸いながらTurkey語を教えてもらう。チェックアウトのときに彼等から教えてもらったTurkey語を使って「Tesekur Ederim. Gule Gule.」(Thank you. Bye bye.)と言うととても喜んでくれた。

Asia (Part1)

Pamukkale:Turkey

11/Jul/1999(Sun) - 12/Jul/1999(Mon)


[我慢する気になった夕日]

夜行バスで到着すると、客引き10人くらいに囲まれてしまった。前の街で紹介してもらっておいた宿のおやじを見付けて値段交渉。前の街で泊まった宿のオーナーと友達ということで1,500,000TL(450円)でバス/トイレ付きのシングルルームが与えられた。宿代最安値を更新。
ここは石灰を多く含む温泉が湧出ており、段々畑のように石灰が固まっていてプールのようになっているのが有名。しか~し!!!来てみてがっかり。近年高級ホテルの開発がすすみ、温泉がホテルにとられてしまっているとのこと。肝心のところには部分的にしか流していない。これでは観光客減っちゃうぞ。
それでもうろうろしていると、温泉がたっぷりと流されている場所を見付けた。観光ツアーの人たちが来ないところで、人もまばら。夕日に赤く染まる白い段々畑を見た。これで我慢してやろう。

Asia (Part1)

Efes:Turkey

10/Jul/1999(Sat) - 11/Jul/1999(Sun)


[一番左が親分]

"chin chin"
早朝にSamos島に着いて、そのままフェリーを乗継ぎKusadasへ着いた。Turkeyだ。そこから乗り合いタクシーに乗ってSelcukへ。Efesとは古代都市の名前でそこには街はなく、Efesから2Kmはなれた街がSelcukだ。ここに2,000,000TL(600円)でシングルルームをとった。
ぶらぶらと観光をしてJohannes Kilisesi(聖ヨハネ教会)の前を通りかかると、城壁の上からこっちへ来いと手を振っている。行ってみればそこでは宴会が行われていた。そのなかにはAustralia人二人、Poland人三人もいた。Turkey人はもう入れ代わり立ち変わりでワインを持ってきたり、果物や野菜を持って来たり...。酒の飲めない俺はワインをなめる程度。親分のようなTurkey人のおじさんが「chin chin」と言ってグラスを突き出し乾杯をしようとする。「日本ではこう言うんだろう?」。少なくとも俺の使っている日本語ではそんなことはなかった。誰かが嘘を教えたのか、はたまたどこかローカルなところでは本当にこう言うのか...。
とりあえず「乾杯」というのを教えて、「chin chin」は使わないほうがよいと言っておいた。

Asia (Part1)

Mykonos:Greece

08/Jul/1999(Thu) - 09/Jul/1999(Fri)


[風で前髪が...]

お昼頃この島に着いた。風が強い。そのせいかSantoriniではひとつしか見れなかった風車がここにはいくつもある。客引きのおねえちゃんにいつもこんなに風が強いのかと聞くと、「そうじゃなきゃボイルされちゃうわ」。日本語にすれば「ゆでだこになっちゃうわ」といったところだろうか。
翌日は一日ビーチにいた。ヌーディストビーチとして有名なSuper Paradise Beachに行こうかと思ったが、高台にある俺のとった宿のテラスから真下に見えるSt.Stefanon Beachへ。
昼食にMusaka(茄子と挽肉とチーズの重ね焼き)を食べて、日本を出る時に某先輩から餞別変わりに貰った本を読み返していた。沢木耕太郎の「深夜特急」だ。Asiaを横断してLondonへバスで行くといったお話で、旅行好きの人なら読んだことがあるだろう。ちょうど5巻目を読んでいた。彼がTurkeyからGreeceに渡るあたりだ。ここで俺と彼はスレ違ったことになる。彼もまたMusakaを食べたりしている。ルートは違うもののところどころ同じ街に立ち寄っている。街の様子や食べ物の話が手にとるようにわかり、また違った楽しみ方ができる。
夜中の2:00のフェリーでまた移動した。

Europe (Part2)

Santorini:Greece

06/Jul/1999(Tue) - 08/Jul/1999(Thu)


[こんなチャペルがそこら中に]

夜中に寒くて目を覚ました。寝袋を取り出してまた寝た。再び目を覚ましたのは6:30くらい。空は明るくなりはじめていた。丁度Santorini島の港に入るところ。切り立った崖の上には白い街と風車が見えた。
特に何を見るというわけでもなくFiraやIaの街を歩き回った。目に眩しいくらいの白い街と雲ひとつない空と、蒼い海、遠くには薄紫色に他の島が見えた。想像した通りのエーゲ海の島だった。
午前中歩き回り、午後はビーチへ。熱くなった体を海で冷やす。泳いだり、寝たり、本を読んだり...。夕飯を食べた後はぶらぶらとエーゲ海に沈む夕日を見に...。
そんなことをまる二日間してた。それでいいと思った。

Europe (Part2)

Piras:Greece

05/Jul/1999(Mon)



朝Athensで雑務をすまし、昼頃Pirasに到着。この日の日射しは猛烈で少々バテ気味。安食堂を見付けて御飯をたらふく食べて1,2時間歩いただけで、公園の木陰でひたすら休んだ。ここのハトは異常に痩せてるな~なんて思いつつ...。唇の乾燥をおぼえ、スーパーにリップクリームを買いに。みぶりてぶりで説明すると連れて行かれたのは歯磨き粉のコーナーだった。2度目でなんとか分かって貰えたけど...。
22:00のフェリーに乗込む。安いチケットでは中のデッキには居られないのだが、出航してしまえば入ってもいいことになっている。だが、早々と乗込んでいたので外のデッキから移動するのが面倒になってそのまま寝てしまった。
この日はこんな感じでした。

Europe (Part2)

Athens:Greece

02/Jul/1999(Fri) - 05/Jul/1999(Mon)


[お疲れのMorgan]

"Where should we go?"
7/1の早朝にNapoliを出て、Brindisiから夜行のフェリーに乗り、IgoumenitsaからバスでAthensに着いたのはすっかり夜だった。バスの中で知り合ったAmerica人の男と一緒に宿探しをした。ダブルの部屋しか空いてなかったため一緒に泊まることになった。ダブルといっても2段ベッドがあるだけの部屋で、一人1600円とGreeceでは少々高めだったが、時間が時間だったのでしょうがない。
彼の名はMorganと言った。翌日の朝Morganと一緒にGreek Coffeeを飲みに行ってMorganがおごってくれた。その後は一緒に市内観光。だが、ひとつ見終わるとMorganは「次は何処行く?」と聞いてくるのだ。あらかた見終わってMorganが「次は何処行く?」と言った時に、俺は丘の上を指差し、「あそこ」と答えた。Lykavitosの丘だ。もちろんAcripolisの丘もよかったがどうしてもあの丘が気になっていたのだ。Morganはかなりまいってしまったようだ。まあ朝から歩き回ってたし...。平然としている俺にMorganは「殺す気か」と言いながら休み休み何とか登った。何かスポーツはしてないのかと聞くと、「昔はやったが今は喫煙者だ」と言ってた。
翌日の朝、Morganは出て行くことになり、一緒に朝のコーヒーを飲みに。前日隣のおやじが飲んでいた砂糖とミルクたっぷりのアイスコーヒーを俺がおごった。
「Good Luck」と言って握手をしてわかれた。

Europe (Part2)

Napoli:Italy

28/Jun/1999(Mon) - 01/Jul/1999(Thu)


[また何か物色中のSelena(青いDay Pack)]

"Should I buy?"
この日は同じ宿の日本人の女の子二人と一緒に市内観光の後Pompeiに行くことになっていた。朝になってAmerica人の女の子が一緒に行くと言い出し了承。彼女の名前はSelenaと言った。
市内観光中、Selenaは欲しいものが一杯あるらしく、いろいろな店に入って行く。一番欲しいのは、麻のパンツ。そこそこ気に入ったのを見付けて「買ったほうがいいかな?」。みんなで勧めてやっとお買い上げ。ところがしばらく歩くと、3本セットでもっと安くて気に入ったのを見付けてしまった。「買ったほうがいいかな?」。 結局買ってしまい、計4本お買い上げ。その後もお土産のおもちゃやらなにやら買う度に「買ったほうがいいかな?」。
その日の夜、宿に戻って食堂で、他の外人に買ったものを一つづつ取り出して得意気に見せているSelenaがいた。
お別れの時、Selenaは体を一杯に使って投げキッスを連発してくれた。American Comedyに出てくるような明るい女の子だった。

Europe (Part2)